【書評】『UXデザインの法則 ―最高のプロダクトとサービスを支える心理学』

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先日 Twitter にて深津さん@fladdict が帯を書かれた旨をツイートされていたので、気になって購入、一読しました。

自分は仕事柄 Webサイトの簡単なリニューアルや、「コンバージョン率上昇」を主目的としたシンプルな改良案を提案する機会があるのですが、読んでいて「なるほど〜」と考えさせられる部分も多く、大変参考になりました。

本日は本書の要点、自分が読んで参考になった点について、簡単にですがご説明します。

UXデザインの法則 ―最高のプロダクトとサービスを支える心理学』Jon Yablonski (著)相島雅樹 ・ 磯谷拓也・反中 望・松村草也 (翻訳)

本書の要点

まず本書の執筆背景についてですが、著者は次のように述べています。

わたしは以前デザイナーとして、あるクライアントとの非常に挑戦的なプロジェクトに取り組んだ。そのときに感じた得も言われぬやりづらさが、本書を書くきっかけになっている。…このプロジェクトにはそれまでにない特徴があった。デザイン上のいくつもの意思決定を、データの裏付けなしにプロジェクトの関係者に納得してもらう必要があったのだ。いつも通り定量ないし定性のデータがあればスムーズに進められる。だが、その時は納得してもらえるデータがなかった…

UXデザインの法則 ―最高のプロダクトとサービスを支える心理学』より引用

実務においてもクライアントにサイトの修正案や改善案を提示する際、クライアントから具体的な事例を求めるケースは珍しくありません。

ただ「事例」だけならともかく「データ」はなかなか存在しません。またデータがあったとしても、気軽に外部に情報共有できるわけもなく、結果歯痒い思いをされた経験のある方は多いのではないでしょうか。

またクライアントから「◯◯だと思うのでA案で」といった形に、感覚的な物言いで物事を進められてしまい、結果失敗してしまうケースなどを経験されたことのある方も多いのではないでしょうか。

著者は少し事情が異なりますが「データによって関係者を説得できない状況」に直面した際に「心理学や!」と思い至り、そこから様々な論文を読み漁り「UXデザインに関しては割と心理学的法則で説明できる」ことを発見し、それについてまとめられたのが、本書になります。

正直「心理学的法則」だけでは、実務において意思決定者を実際に動かすのは難しいシーンも多いかもしれませんが、私自身は一読した上で「汎用性の高いエビデンス(源)としてはかなり有益な1冊なのでは?」と感じています。

ふんわりとした事例共有に +α する形で本書を引用して用いるなどすれば、実務においても十分活用可能な1冊です。

「UXデザインに関しては割と心理学で説明できる」という事実

前述した通り、本書の魅力は「UXデザインに関しては割と心理学的法則で説明できる」という著者の発見をベースに、実在する法則、法則に沿って変更するメリット、実例について複数紹介されているという点にあります。

例えば、実際に ECサイトなどを使っていると、以下のような感じることはありませんか?

  • サイトの独自性が強く使いにくい
  • Amazon Pay か Apple Pay で頼む
  • 購入までが長すぎる

上記した不満の数々は、心理学的な知見を交え、改良を促していくことが可能です。

例えば「サイトが独自性が強く使いにくい」に関しては「ヤコブの法則」で、「Amazon Pay か Apple Pay で頼む」は「テスラーの法則」で、「購入までが長すぎる」は「ヒックの法則」をベースに、それぞれ法則に当てはめることで、理想的な形に改良を促していくことが可能です。

このような形で「デザインの問題あるある」が次々と本書の中では法則に当てはめられ、「では心理学的法則に沿った理想の形とはどのようなものか?」という点について指摘がなされています。

例えば前述した通り「サイトの独自性が強く使いにくい」について、より良くしていく上では「ヤコブの法則」に当てはめて改良を進めていくと良いのですが、ヤコブの法則について、本書の中では以下のように説明されています。

ユーザーは他のサイトで多くの時間を費やしているので、あなたのサイトにそれらと同じ挙動をするように期待している

UXデザインの法則 ―最高のプロダクトとサービスを支える心理学』より引用

またヤコブの法則を理解し、それに沿った形でサイトのデザインを見直すことにより、どのようにユーザー行動に変化をもたらすのかについても、次のように説明がなされています。

ユーザーの期待に沿ったデザインにすることで、ユーザーはいままでの経験から得た知識を活かせるし、この慣れのおかげでユーザーは、欲しい情報を見つけ出す、商品を購入する、といった大事なことに集中できるようになる。

UXデザインの法則 ―最高のプロダクトとサービスを支える心理学』より引用

実例についても触れています。

例えば Snapchat のデザインリニューアルの実例について触れ、「実際に法則に反した変更を行なった Snapchat はどうなったのか?」という点について、次のように解説をしています。

ストーリーの視聴と友達のコミュニケーションを同じ場所に配置するなど、使い慣れたアプリのフォーマットを劇的に変更したのだ。不満をもったユーザーたちは、すぐに大挙して Twitter に不満を書き立てた。さらに悪いことに、それに続いて、ユーザーたちは Snapchat から競合サービスである Instagram へと鞍替えしてしまった。Snapchat を運営する Snap 社のCEOであるエヴァン・シュピーゲルは、リデザインによって広告出稿の活性化やユーザーごとのカスタマイズ広告の展開を期待していたが、実際に起きたのは広告閲覧数と収益の低下、それにアプリユーザー数の劇的な減少だった。

UXデザインの法則 ―最高のプロダクトとサービスを支える心理学』より引用

本書ではこのように、「法則」「変更するメリット」「(成功・失敗)事例」といった流れで情報が記載されています。

Kindle 版を購入し iPhone に1冊入れておけば、クライアントに説明を求められた際にも「具体的にはですね〜」といって Zoom で画面共有し、その場で情報共有することも可能です。

考えさせられた話

前述した通り、Snapchat のような大規模サービスでもデザインリニューアルによる失敗は起きているのですが、正直デザインリニューアルによる失敗談をあまり耳にする機会はありません。

自分自身がデザインの専門家ではないからかもしれませんが、例えば良いデザインについては『欲しくなるパッケージのデザインとブランディング』のような形で書籍としてまとめられたり、メディア取材の対象になるほか、Webサイトの場合制作事例として公開されたりするなど、世の中に広く喧伝される傾向にあります。

しかし、いわゆる「ダメデザイン」はすぐ修正されたりするだけでなく、「黒歴史」として無かったことにされる傾向が強いのではないでしょうか

個人的には失敗事例なんかも見てみたいなとも思いましたが…難しいですよね、いろいろな大人の事情で、多分。

そして「なぜ Snapchat ほどのサービスがデザインリニューアルに失敗したのか」という点について、疑問が残りました。

経営上の問題や社内政治的なことに巻き込まれた結果、デザインのリニューアルは「そうせざるを得なかったんだ」なんて可能性も考えられますが、おそらくリデザインを担当したチームのコアメンバーの誰かや、経営陣の中に1人でも本書に書かれているような心理学的法則に関する知識を有している人がいれば、もしかしたら改悪は未然に防げたかもしれない…などとも考えさせられました。

最後に

著者の思想性についても触れておかなければなりません。

著者は心理学による後付けで「安全性」を謳い「失敗しないように」しているのではなく「今までに例のないような優れたUXデザイン」を実現するために心理学を使っているという点も特徴的です。

本書冒頭にて、著者は次のように述べています。

わたしは以前デザイナーとして、あるクライアントとの非常に挑戦的なプロジェクトに取り組んだ。そのときに感じた得も言われぬやりづらさが、本書を書くきっかけになっている。…このプロジェクトにはそれまでにない特徴があった。デザイン上のいくつもの意思決定を、データの裏付けなしにプロジェクトの関係者に納得してもらう必要があったのだ。いつも通り定量ないし定性のデータがあればスムーズに進められる。だが、その時は納得してもらえるデータがなかった…

UXデザインの法則 ―最高のプロダクトとサービスを支える心理学』より引用

例えば note というサービスがあります。

note の404ページは「#404美術館」と呼ばれるシステムが導入されており、他にあまり類似事例がないことからか導入当初、少し話題にもなりました。

参照:noteの404ページに飾る作品を投稿しよう!「#404美術館」の作品を募集します

実はこれについても本書において「ピークエンドの法則」という法則をベースに説明がなされており、すでに海外における404ページのようなネガティブピークのページをより良いものにしようといった、先行事例が複数紹介されています。

このように「失敗しないために心理学を使う」のではなく「今までに例のないような優れたUXデザイン」を実現するために、著者は心理学について学び応用することが有効だと考え、それを1冊の本にまとめたという点は特筆すべき点です。

またこれは余談ですが、優れたデザインは良くも悪くも人を容易に誘導することが可能です。そのため本書のチャプター11では「力には責任が伴う」と指摘し、SNSの通知機能や「いいね」について、倫理的な指摘も試みています。

欧米ではすでにカル・ニューポート氏が『大事なことに集中する』や『デジタル・ミニマリスト スマホに依存しない生き方』などでも指摘している通り、SNS に対する依存性、スマホの依存性の危うさについてたびたび指摘がなされており、おそらく今後日本でもこれらは話題に上がってくることが増えてくるでしょう。

そういった背景もあり、倫理的な指摘についても本書の見どころの1つとなっています。

最後になりますが前述した通り、著者は「失敗しないために心理学を使う」のではなく「今までに例のないような優れたUXデザイン」を実現するために、挑戦するための思考材料の1つとして「心理学」を使うことを提示しています。

その「挑戦」に対する熱意に関しても、職種は違えど1人の人間として色々と考えさせられるものが多くありました。

追記

本記事は Amazonレビューに掲載したものの一部を変更、追記したものになります。

文責:川手遼一